今回の記事は「
支那(しな)」についてです。
このブログでは支那をカテゴリに使用していますが、私は支那(しな)を蔑称として使ってはいませんし、そもそも悪い意味を持つ単語ですらないと思っています。多くの中国人(漢民族)は「支那」を誤解しているのです。その上「中華民族」という虚構を信じてすらいます。
支那の起源は「
秦(Thin)」です(古代インド経由)。日本の学校では世界史で秦国と始皇帝は必ず習うので日本人の間では有名です。私が世界史の授業を受けていた頃、「秦の始皇帝!秦の始皇帝!」とテスト前に何回連呼したか分かりません。この「秦」は欧州に伝わると「Sinae」、「Chine」、「China」となっていきました。
日本で支那という単語が広く用いられるようになったのは明治時代の途中からで(ただし江戸時代に新井白石が既に使用していたという話もあり)、それまでは「唐土(もろこし)」「唐(から)」などが使われていました。平安時代の歌人、在原業平が詠んだ「
ちはやぶる神代もきかず龍田川からくれなゐに水くくるとは」は百人一首に数えられています。豊臣秀吉の朝鮮出兵は当初「
唐入り」と呼称しました。
明治時代に「支那」がメジャーな呼称になった理由は明治維新からの欧米追随です。江戸時代末期に欧米の「China」が再輸入された後、明治維新での欧米に追いつけ追い越せという世の中の風潮がそうさせたのです。当時は
帝国主義がすなわち先進国と考えられていた時代で、タイ、エチオピアなどごく少数の例外を除いたアジア・アフリカ諸国の殆どは植民地かつ欧米列強の軍事基地だったのですからこうなって当然でしょう。
明治時代に日本に輸入され大正時代に広まった「
支那そば」は、今も昔も日本のみならず世界中で大人気です。現在は「支那そば」は「中華そば」または「ラーメン(ramen)」と呼ばれることの方が遥かに多いのですが、それでも「支那そば」の由来を正しく知る日本人は誰一人として支那の名称に悪い印象を持ちませんし、むしろ良い印象を持ってすらいます。由来を知らずに「ラーメン」と詠んでいても、「ラーメン」を外来の美味しいものだと思っている場合が殆どで、やはり悪い印象は持ちません。
日中が衝突した先の大戦の最中ですら支那の呼称は用いられ、「支那の夜」という歌曲が好んで歌われました。この歌はプロパガンダとは全く関係がなく、恋愛映画「支那の夜」(1940年)の主題歌です。
支那事変の3年も後だというのに、「支那」のどこにも侮蔑感情などなかったのです。そもそも当時の「支那人」に対する蔑称は「チャンコロ」か「ポコペン」だったはずです。
支那の夜どうして「支那は蔑称だ!」という笑い話が出てきたのかというと、それは日本が先の大戦で敗戦したために連合国からドイツ第三帝国(ナチスドイツ)と並ぶ巨悪にされてしまったからなのです。戦後の連合国は日本の「悪事」を一つでも多く作り上げるために差別を人為的に作り上げました。日本政府は圧力に負け、1946年6月に「支那の呼称を避けることに関する件」という外務次官通達を出してしまいました。
つまり、明らかな連合国側の言いがかりによって支那は蔑称だと決めつけられて「周辺諸国に配慮」し、「自粛」することになったのです。これが「支那」蔑称疑惑の原因です。更に悪いことに、大日本帝国を否定しなければ成り立たない中国共産党のプロパガンダ機関である中国メディアがこうした経緯を正しく報道するはずがないので、21世紀になっても誤解が解けないままになっています。
このような私の主張に対し、「日本人はインターネット上で支那を侮蔑語として使用しているではないか」と言う人がいるかもしれませんが、それは違います。「支那」自体は侮蔑とは関係ありません。「支那」、「支那人」が指し示す「中華人民共和国」と「
大陸出身者の自称中華民族」の双方が侮蔑されているだけの話です。中国人は世界中で問題を起こしています。
観光客も
企業も
移民も、若干の例外を除けばどうしようもなく粗野なのです。「支那」にくっついている印象を悪化させているのは間違いなく「支那人」自身だと断言できます。
そのおかげで、近年は「中国」「中国人」すら蔑称になりつつあるのが現状です。「
大陸出身者の自称中華民族」が粗野な振る舞いを改めない限り、彼らにくっついて回るものは何であろうと印象が悪化し、蔑称になると考えてまず間違いありません。「大陸出身者の自称中華民族」が身内だと(一方的に)考えている台湾の人々も、「支那」を侮蔑語として用いるようになってしまいました(私は個人的には台湾は中華ではないと考えています。別の記事で書きたいと思います)。
明らかに行く先々で現地を荒らしまわっているのに悪びれもせず、謝りもせず、踏みつけられて悲しい思いをしている現地の人を前にして
「13億人いるんだから~」「中国人全体の問題じゃない、一部の問題だ」と人口を引き合いに出して言い訳に徹するのは「大陸出身者の自称中華民族」くらいのものです。しかもそれを注意されると
「中国は被害者で戦勝国だ!」という無知な歴史認識と自分勝手な面子を振り回すのですからどうしようもありません。
世界の他の常識的な国々ではこんなことは起こりません。「同胞の振る舞いを恥ずかしく思います」という言葉がまず出てきます。自国出身者が外国で無礼な客になっているのを見聞きすれば恥じ入るのが普通なのです。旅券(パスポート)の重みを知っている人は皆そうです。
最後にもう一度書きますが、日本人にとって支那は本来は蔑称ではありません。支那は支那です。それ以上でも以下でもありません。早急に情報の歪みが是正されることを私は心から望んでいます。
▼参考リンク
「支那」呼称について 様
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